『棄てられし者の幻想庭園』第3章

アカネ 「……人の命って、何なんですかね」

ギルドのリビング。何故かソファに鎮座しており威厳を醸し出していた、アカネの上半身程はあるクマのぬいぐるみと向かい合って、呟くように問う。

でも明かりを点ける気には何かなれなかった。

??? 「ふむ、それはまた哲学的なテーマじゃのう?」

その独り言のような問い掛けにぬいぐるみの力を借りて答えるは、神聖でありながら妖艶な空気を纏った絶世の美女の声。

アカネ 「いきなりあんなやり取りを見せられて、私はどうしたらよかったんですか」

神美女 「どーせんでもよかろ~。あれで何も感じぬ程お主は不感症なのかえ?」

アカネ 「いえ……」

神美女はワードを変化球に使って来る。答えてくれるから良いのだが。

アカネ 「私も、いつかやるんですか。ああいった事を」

神美女 「そうじゃのー。ま、そう遠くない内にの」

遠くないとは、いったい誰の物差しでの事なのか。そしてあれだけの事を表情も心も揺らがせずにこなせるようになるまで、何度こんな胸焼けが全身に転移するような心地にならなければならないのか。

神たる美女はその聡明な知能と慈愛の精神をもって、アカネのそんな心中を慮り敢えて砕けて語る。

神美女 「心配せんでも、あんなやり方はマスターにしか出来んわ。そもそも儂らのスキルに攻撃系の物は覚醒せんのじゃからな」

アカネ 「何故ですか?」

あれは攻撃にも見えなくは無かったのだが、神聖な美女様の尺度ではあれでも可愛い物なのかもしれませんね。

神美女 「世界から諍いを無くす。もっと言えば殺人を無くすためにいる儂らが、牙を爪を隠し持つわけにはいかんじゃろ?じゃからマスターのみが救命と抑止力のためにあんな能力を持つんじゃよ。全く、元刑事でSPのあ奴らしいスキルじゃわ」

アカネ 「刑事で、SP!?」

おっと、思わぬ所でマスターの事をお伝えいただけました。

神美女 「おや、聞いとらんかったんかえ?ここにおる連中の前世を。例えばミコ姐さんはマスターとバトったこともあるらしい武勇伝に事欠かぬ元カリスマレディース紅の戦乙女じゃし、逆にメグミなんかはただ強運なだけの小娘じゃった」

色々バラしてくれるとは、さすが絶世の美女様は器が大きくていらっしゃる。でもそんなお方でもミコトは姐さんが付くようで。

そして、棄てた名だという紅の戦乙女とは、一体。

絶美女 「しかしそれ故に、本人はただひたむきに生きているだけであったのに、人の欲や業や悪意によって大なり小なり死に目に遭ってしまった。因果応報?否。儂らは人の世で言う所の「悪い事」は一切しておらん。それはお主とて分かっておろう?」

アカネ 「……はい。そう、ですね」

少なくともアカネの人生においてそんな記憶も自覚も無い。モラル違反くらいはあったかもしれないが。

絶美女 「そうして棄てられた儂らを、正確には儂らの生みの親であるマスター達を出雲で拾った通りすがりの神様は茶目っ気があってのう、儂らに与えるスキルはまるで自分に足りぬ物を見せ付けるような物が出来て来おる。そうすれば人間としてちゃんとする、とでも言いたげにの。人を人外にしておいてよく言うわ」

アカネ 「ちゃんとした、人間……」

ちゃんとした人間、とは何なのだろう。是非見本を見せて欲しい。

絶美女 「使うスキルの性質を見れば、其奴の過去や本質も見えようと言うものじゃ。これ以上は限定販売の設定資料集でも見るが良いぞ、儂もそこまで悪人ではないしの」

アカネ 「設定資料集とかあるんですか」

絶美女 「あるところにはのー」

きっとこれも何かの比喩に違いないが、何故か本当にありそうな気がする。それも1000円くらいで買えそうなやつ。

でも確かにそんなものがあったらこの巻き込まれた状況を理解する大きな手助けになりそうで、アカネとしては試しにその現物を本気で懇願してみようと口を開こうとしたが、絶世の神美女様はあしらうように空気を変え始めそれは失敗に終わる。

絶美女 「……さて。お主の『精霊の盾』が何を意味するのか、お主が何を抱えているのかは知らぬが。儂が言いたいのは、ここにいる者は過去に今に皆、その何を抱え乗り超えて来たという事じゃ。未来に不安を抱えぬ者はおらん、人はどんなに孤独でも世界の誰かと繋がり関わる。人と見比べ、心揺れ動く。じゃがその結果心の安定のためにその相手を消すのは理不尽じゃ。それは世界に歪を、闇を生む。ならその理不尽の労力は自分を救うために使えば良い。その揺れた心の向き一つで、元理不尽は誰もが納得の行く救いの手にもなる」

アカネ 「心の、向き一つ……」

理屈は分かる、頭では。

美女様 「その事を儂らは身をもって学び、人々に伝えられるようになった。少なくともそれは、前世よりは幸せな事じゃて。お主もいずれ、そうなれる筈じゃ。その頃には人の命が何なのか、お主なりの答えがその胸の中に宿る事じゃろー」

死んで花実が咲くものか、とは言うが。こうして前世を比べられるようになるとは誰も思わないだろう。そしてその境地へ至るまでの道筋も、想像する事など出来ない。ましてや自分がそうなっている未来を思い描く事なんて。

でも、一人暗中で鬱屈に抱え込むよりはこうして吐露した方がよっぽど良かったのは事実で。

アカネ 「分かりました。ところで……」

ありがとうございました、超絶神掛かった真に究極の美女お姉さま!

とか言うとでも思ったか。

アカネ 「どちら様ですか?」

奇妙な位置関係の会話が始まって以降、アカネがぬいぐるみから初めて視線を声のする方へと向ける。

と、その声の主たる人影はバビュンとリビングの入口へ明かりを点けに駆け、壁のスイッチに腕を伸ばしたまま、

おんな 「……ふっふっふ、やーっとそこに触れおったかぁ!性に合わん説明台詞をたっぷりA4用紙1枚分喋らせおってからに。ま、それなりに早い方ではあったがの~」

アカネ 「はぁ……」

そして再びバビュッと、今度はローテーブルの上に駆け上り堂々たる仁王立ち。

だがその姿は神聖や妖艶とは程遠い、アカネよりも小柄かつ腰までの長さの黒髪を無造作に下ろし、謎の文字を頬骨の辺りに刻んだ少女のものだった。

おんな 「括目しつつ聞けい!我こそは、あのアルセーヌ・リュパンの子孫をも虜にする力を持っているかもしれない、幻想庭園所属稀代のトリックスター!人が呼んでくれないから我は我を存在の魔女ソナタと呼ぶっ!!」

アカネ 「呼んでくれないんですか」

おんな 「じゃって一般人に名乗る訳にもいかんしのー」

アカネ 「はぁ。だから表記も代名詞のままなんですか?」

おんな 「んぁ?」

あ、気付かせるなよぅ。

おんな 「おうぉわぁぁぁぁぁーーーっ、何じゃこれは、いつの間にっ!!『おんな』て。わ、儂の存在をこんな陳腐で稚拙な表現をするでないわ、ファミコンかっ!!!」

だって、あんたスキルで好き勝手こっちに認識させてくれやがったから何か仕返しで。地の文でやりたくもないヨイショさせた上に何だよ神美女って、頭悪いな。

おんな 「ちょっ、ちょっとしたお茶目じゃろうがよぅ……。いいから元に戻さぬかっ!!」

はいはい。

ソナタ 「……。げに恐ろしや、我がスキル『因果の鎖(ルールメイカー)』」

アカネ 「えーと……。どんなスキル、なんですか?」

途切れた話もちゃんと聞く。アカネはいい子。

ソナタはお立ち台よろしく大袈裟に身振り手振りを交えて、

ソナタ 「一言で言うならば、当たり前にそこにいる事が出来るスキル、じゃな。CSI情報室、スイス銀行金庫、果ては夜の城での偽りの愛の営み現場まで~、入り放題見放題じゃ。何なら最後のは幾つか、情熱的にアダムとイブってる世界を閉じ込めたアーティファクトがあっての……」

微妙に何を言っているのかは分からなかったが、ホットパンツの尻ポケットからスマートフォンを取り出しつつのソナタの腰のくねらせ具合や太腿から腹部への擦るような手の動き、艶めかしいつもりの吐息を混ぜ込んだ表現からさすがにアカネも赤面してその内容を察する。

アカネ 「結構ですっ!!」

目を背ける初心なアカネの反応に、ソナタの目が怪しく光る。

ソナタ 「にょほほ~、良いではないか~良いではないか~?」

コミカルに摺り寄り、アカネの肩をがっしりホールドして何かの動画を悪代官よろしくホレホレと見せつけようとして来るソナタ。背けた顔にほんのり聞こえ始める動画の音声がやはり男女のアレな物だったので、これは存在の魔女と言うよりも存在が痴女だ。

アカネとしては何かもう色々な意味で逃げ出したかったのだが、こんな時に何故か『精霊の盾』は発動してくれない。確かあれはパッシブ系のスキルで常時外敵を弾く力とやらがあった筈で、昨日イノリやイシキで実証されている筈なのだが。よもやソナタはこのふざけた言動を隠れ蓑にした本当に途轍もない力を持った魔女だったりするのではないか?

なんてことを思案する余裕は、今アカネには無い。しかもさっきからソナタの手がどんどん体の中心線に這い寄って来ているような気も……

??? 「……帰って来て早々何してんすか」

外野から、心底呆れ返った声がしてくれた。

二人が違った意味の視線で声の方を見ると、リビングの入口で縁にもたれ掛かりながらこちらを見るカフェのボーイといつも通りに笑うメイドの姿が。

ソナタ 「んあ?見ての通り、期待の新人との心温まる魂の触れ合いを」

イノリ 「それは腐れオヤジのパワハラと何が違うんです?」

イノリ砲、笑顔で口から発射。

ソナタ 「ぐはっ!……くぅ~、お主の言の葉の刃は相変わらずの鋭さじゃの」

イノリ 「むしろソナタさんがその動画にご出演なされてはどうです?」

第2射。

ソナタ 「訂正!酷い!もっと儂を労わらんかぁ!!」

イノリ 「まあ戯れはともかく、お帰りなさいソナタさん」

ソナタ 「所詮儂の事は遊びかっ、遊びじゃったのかぁ~っ!」

幼児並みにソファに突っ伏してジタバタし始めた所で、砲撃終了。これ以上は無駄弾と理解しているらしいイノリも、駄々っ子をはいはいとなだめに入る。

そして、解放されたは良いがノリに付いて行けずぽけーんとしちゃっているアカネの方は、

??? 「新人が戸惑ってるじゃないっすか。つか、俺もまだまともに喋って無かったな。カフェ担当フタバだ」

地味な顔のボーイが妙なフレンドリーさで拾ってくれた。アカネとしてはこの青年の顔が記憶に無いので首が傾いたが。

フタバ 「……おいっ、何か初めて会ったのに妙に馴れ馴れしいなこの男、みたいな顔してるけど初対面じゃないからなっ?ちゃんと顔は見せてるし、それにオペレーションも!……まあ俺もあそこにいたはいた……ぞ」

全員から目を背け頬を掻きながら急に言い淀むフタバだが、それこそ本当ターニング中にこの青年の記憶は無い。よもやこれは新手のナンパか何かだったりするのだろうか。

イノリ 「ああ、信者の人達に邪魔されて入れなかったんだよね~?」

ソナタ 「残念な奴じゃのぅ」

フタバ 「やかましいわっ!」

イジった二人の目つきから、アカネの中でも何となくこのフタバという人物が印象付いてしまった瞬間だった。顔地味男とどっちがマシかは分からないが。

ソナタ 「まあ、お主の『両天秤』はメグミと組んでこそ真価を発揮するからの。適材適所というやつじゃ、そうしょげんでも良かろ~」

すっかり機嫌が戻ったらしいソナタがソファで寝そべりながら手をひらひらさせる。そう言えばメグミのスキルの話はちゃんと聞いていなかった気がしたが、『最期の一葉』とは何なのだろうか。

と、イノリがアカネの手を取って満面の良い顔をする。

イノリ 「その点アカネちゃんは活躍したらしいですね~。報告書では、電光石火のとどめの一閃をターゲットにぶち込んだ挙句失禁させて戦意喪失させたとか」

アカネ 「盛り度300%!」

ソナタ 「急所に飛び蹴りでもかましたのかの~」

イノリ 「さぞ甲高い効果音が鳴ったんでしょうね~」

甲子園でサヨナラホームランっ!!!的に。わぁ、青空~。

フタバ 「やめたげて……」

アカネ 「してませんから!濡れ衣ですから!!」

ソナタ 「おお、失禁だけに濡れ衣かの~」

アカネ 「いや狙ってませんからね!?」

イノリ 「狙ったのは急所だけだよね?」

アカネ 「ボケとツッコミの永久機関が爆誕したぁ~!?」

この応酬のやり取りに煽られてついアカネも声がデカくなる。

と、永続するかと思われたこれらがこのアカネのMAXボリュームでぴたりと止んだ。急落した場のテンションにアカネはギクッと周りを窺うが、

フタバ 「……馴染み度70%、ってとこか?」

アカネ 「え」

アカネを囲う3人の表情は、何だか微笑ましい物を見ているような笑顔だった。

ソナタ 「ふ~む。まだまだ青い果実じゃが、朱に交わればやがて赤く熟れて来るじゃろ」

イノリ 「ですね~。ここじゃ辛い事も暗い事も、皆で極力楽しく乗り越えるってのがルールってか基本みたいなものなの。今のは入門編のジャブって事で」

これでジャブらしい。ムーンサルトキックとかになったらどんなネタが飛び出して来るのだろうか、見たいような避けたいような。

でもつまり、この人達なりに気を遣ってくれていたようで、打ち合わせも無しに。してたのかもしれないけど。

フタバ 「俺達も出来る限りサポートはする。ま、仲良くやってこうぜ、アカネ」

アカネ 「……ありがとうございます」

この時フタバが握手的に手を差し出していたのでアカネも当然握り返そうとしたのだが、寸前でその手が止まった。それは決して生理的嫌悪感ではなく、やっぱり今の自分が他人と接触する事に恐れが過ってしまった事。それと、

ハヤト 「邪魔するぞ」

そうやってちょっと戸惑っていた隙に、誰か来ちゃった事である。

コンコンと部屋の壁を鳴らしてからズカズカと無遠慮に入って来たのは、昨日オペレーションの最中に途轍も無く絶妙なタイミングで乱入した上に、イシキを連行させミコトに敬わられシルバに対等な口を利いていたスーツの男性だった。

ソナタ 「邪魔者ならば去ねーい!」

そんな人物を、ソナタは視界に捕らえるや否や何故かソファから全速力で顔面を狙ってストレートパンチをかましに突っ込んで行き、

ソナタ 「ぶべっ!!」

片手で受け止められた上に鮮やかなカウンタービンタをクリティカルで喰らっていた。

そしておまけに、

ハヤト 「フンッ!!」

ソナタ 「ぐぼふぉおっ!!」

よろめいてガラ空きの腹部に完璧な掌底破をコンボでぶち込まれて、部屋の隅までぶっ飛ばし返されるのだった。アニメなら多分壁に激突して人型が出来るレベルに。

ソナタ 「腕は落ちておらんようじゃな……ぐふっ」

言う事だけ言って、多分何処かで鳴っていそうなゴングと共にソナタはくたばった。南無。

ハヤト 「お前は俺の師匠か。道端格闘流の師範代を舐めんなよ」

所在不明の流派は、ちょっと言い換えるとストリートファ〇ター流。でも誰だろう。

ハヤト 「ミコトはいるか?」

僅かに乱れたスーツを整えつつ、ピンと伸びた背筋でやはり威厳ありありとその場の全員に問う。イノリもフタバも先程までと違って結構な恐縮気味で、アカネも下手に動くまいとイノリの影へ。

フタバ 「ミコ姐さんなら今日はオフなんで、部屋でFXでもしてる確率90%っす」

どうもあのクールビューティ―さんはインドア派らしかった。だが何とリスキーな趣味。

ハヤト 「ふむ、なら邪魔しても悪いな。シルバにでも渡しておくか……ん?」

奥に行こうとしたハヤトが、イノリの肩からはみ出した何かの頭部に気付いた。ハヤトはその生えている頭ではなく苗床のイノリの方を動かす。

結果、アカネとしては結構気まずい感じでのご対面が始まった。

ハヤト 「……昨日の現場にもいたな、じゃあメンバーだったのか」

体格の良いスーツ姿の大人が、後ろ手にずずんとお固い表情で見下ろして来ている。直面すると見た目以上の威圧感。

アカネ 「あ、……その」

イノリ 「ほーらアカネちゃん、お偉いさんだよ~?ギルド的にも、社会的にも」

どうやら結構なご身分のお方らしい。だったらとさすがにアカネも拙いが居直って、

アカネ 「あ、はいっ。あ、アカネです。えーと……、スキルは『精霊の盾』、です」

ハヤト 「内閣特殊技巧防衛大臣兼国家清廉計画統括国立犯罪行動心理学研究所名誉顧問、そしてギルドグランドマスターのハヤトだ。よろしく」

アカネ 「………………」

今、何と言ったんだろうか。

ハヤト 「内閣特殊技巧防衛大臣兼国家清廉計画統括国立犯罪行動心理学研究所名誉顧問、そしてギルドグランドマスターのハヤトだ。よろしく」

アカネ 「」

また言ってくれた、鉄面皮のまま不動で。が、アカネの脳内文字変換はまだ追い付かない。

ハヤト 「内閣特殊技巧防衛大臣兼国家清廉計画統括国立犯罪行動心理学研究所名誉顧問、そしてギルドグランドマスターのハヤトだ。よろしく!」

ちょっと語感が強まった。仏の顔も、何度やら。

アカネ 「えーっと……」

ハヤト 「肩書は無理して覚えなくていい」

アカネ 「心から良かったです」

なら一回でやめてくれても良かったのではなかろうか。

と思っても、決して口にはしなかった。アカネは空気の読める良い子です。

アカネ 「えと、政治家さん……?」

内閣、だけは聞こえたので。

イノリ 「どころか、官僚の人だよ~」

官僚、つまり組閣の写真撮影時に階段に立っている方々のお一人様。

やばい、めっちゃ偉かった。

イノリ 「それに知らないかな?「不死鳥の政治家」って」

アカネ 「あー、小学生の時に滑落事故のニュースで聞いた事が……。え?」

それは7年前、島根県の山中で起きて全国を震撼させた大事故の話。

フタバ 「そのフェニックスさんだよ。んで、ギルドの総責任者。俺らの雇用主」

アカネ 「そんな人が……ギルドのトップ?」

ハヤト 「厨二臭いあだ名の奴で悪かったな」

眉間の皺がメリッて言った。さすがにそんな人呼ばわりはマズかったろうか。

アカネ 「あっ、いや、違……。でもそれじゃ、ギルドって国に認められてるんですか?」

ハヤト 「俺が認めさせた。当然国民には公表されていない機関だが、長期に渡る専用予算も組まれている。ま、出費の9割がミコト絡みだがな」

アカネ 「ミコトさんが?」

FXしてるから?

ハヤト 「ミコトの『完全懲悪』は言わば過程を省いたブラックジャックだ。対象の細胞を即座に遺伝子レベルでその時本来あるべき正常な状態に戻す。死人すら蘇生させるトンデモ便利スキルだが、それに見合う医療費が使用者の資産から消費される。こちらはそれの肩代わりみたいな事をしている訳だな」

違った。しかも結構とんでもない仕組みになっているらしいミコトのスキル。ブラックジャックも多分トランプのゲームでは無い方だと思われる。

しかし、だからだったのか。昨日のオペレーション終わりでシルバがああいう行為に出たのは。

そして、あの後ミコトの銃弾で何事も無かったかのように平然と起き上がって来てアカネの脳をオーバーヒートさせ、今朝も優雅にモーニングを召し上がられていらっしゃったのは。

ハヤト 「まあ、そのスキルをエステ代わりに利用してるバカもいるみたいだが」

どこかで男のくしゃみの声がした。

ハヤト 「……それも将来的な医療行為の一環と、せめてものご褒美として目は瞑っている」

アカネ 「ご褒美?」

ハヤト 「毎度任務の度に死んで貰っているんだ、それくらいの役得はな。……何だ?」

死ぬのに褒美も何もあったものではないんじゃないかと思って、

アカネ 「いえ。だったら、そもそも死なないように」

ハヤト 「それが出来れば苦労は無い!!!」

アカネ 「っ!」

これまで平静だった男の、刹那の激昂。部屋全体がその声に身震いをする。

そんなフェニックスとは真逆の完璧な空気の凍結をしたきり、もう用は無いとばかりにハヤトは一言も発する事無く奥の方へ出て行ってしまった。

アカネはその絶対零度の怒気を真正面から受け直立不動のまま、正直今すぐ泣き出したい心地になっている。

勿論それは畏れの意味もあったのだが、実はそれ以上にハヤトの声色から伝わって来る何かが、アカネの瞳と胸に突き刺さったから。あの人がああ言った背景にはきっと今の自分では察する事すら出来ない、しかし確実に幾度と無く身を焦がす思いをした道のりがあった筈だと、そう感じざるを得ない痛ましい声にアカネには聞こえていた。

竦んで泣きそうになっている自分をイノリやフタバが苦笑いでフォローしてくれているけれど、自分よりもと思ってしまう。そしてよくそんなこと思えるようになったもんだ、とも。

あの時から、まだそう時間は経っていないのに。本当どうしちゃったんだか。

ソナタ 「……ほーじゃった。不死鳥で思い出したが、儂宛の荷物が届いておらんかったかの?」

そんなこの場の冷凍庫みたいな空気などおかまい無しとばかりに、もしくは十二分に理解した上で、存在が復活した魔女が気軽に割り込んで来る。

フタバ 「荷物?」

ソナタ 「うむ~。ミッション先で見つけ一目惚れして買うたハト時計じゃー」

3人  「!!」

今の一文のとある部分に、ちょっと思い当たるところが。

ソナタ 「決して大きくはないがむしろその小振りさが良い、そしてまこと繊細で豊かな自然を表現した装飾に対する非常に間抜けな音色で時を告げるあの頓狂な顔のハトのコントラストがたまらんくてのぅ、店主の再三の警告にも関わらず小一時間程眺めておったんじゃ。目覚まし時計やスマホのアラームには無い技術とお茶目の結晶が儂の純粋な心を掴んで離さなんだ。既にあのハトには我が眷属として相応しき名を考えておってな?難儀なミッションの疲れも今後はこれでイチコロ」

うっとり顔で大層熱弁してくれているところ申し訳ありませんが、ここでいったんイノリにどこかへ行かされて戻って来たアカネさんからのご報告です。取り敢えず肩をツンツン。

アカネ 「……」

ソナタ 「んあ?」

スッと、魔女の双眸に差し出します。

砕け散った、ハトの模型を。

ソナタ 「にょわーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

我が子のように奪い取って、がっくし膝を折りその亡骸をソナタは見つめる。

ソナタ 「な、何故……。儂が、儂が何をしたと言うんじゃあ!許しておくれ、オスカルー!」

頓狂な表情だったらしいハトにとんでもなく高貴な名前が付いていた。

フタバ 「何でその見た目でオスカルなんすか」

ソナタ 「じゃあメスカル?」

フタバ 「オスかメスかの問題じゃねえ!」

ソナタ 「くぅっ、とにかく……。ミコ姐~っ、『完全懲悪』を、『完全懲悪』をオスカルに~、後生じゃあ~!!」

きっと少女漫画だったらコマ一杯にブワッと広がる涙を流す勢いでオスカルの亡骸を抱き締めつつリビングから駆けだして行くソナタを、残された3人は申し訳なさそうに見守って

イノリ 「じゃ、私達はカフェの準備に行きましょうか」

アカネ 「良いんですかね……」

はいなかった。あれはあれで良いらしい。

さて、展開からして今日はカフェの体験作業が命じられるんだなとアカネも察した時、

フタバ 「……ん、何か焦げ臭くないか?」

イノリ 「へ?」

ふと、メグミがひょこっと顔を覗かせた。

メグミ 「あ、アカネちゃ~ん。ちょっと手伝ってくれませんか~?」

アカネ 「何ですか、メグミさん?」

出て来たその手には、菜箸。

メグミ 「実は~、鶏唐揚げたらマグマが跳ねてフェニックスが大暴れでですね~」

ほんわか言ってるが途中からの特殊言語を要約すると、

3人  「多分真っ赤に大惨事だ!」

イノリに急かされ、アカネを先頭にカフェのキッチンの方へと全力でダッシュ。こんな脈絡も無しに、ここに来て一番の緊急事態が起きていたとは。

どうもメグミの『最期の一葉』とは、あんまりお世話になりたくない類のスキルのようである。

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