『棄てられし者の幻想庭園』断章・あの日を、お茶請け代わりに

シルバ 「……ふむ。これもハズレ、と」

速読と言うスキルを実は私は持っている。いや、スキルとは言わないか。これは技能だな。まだ表の世界にいた頃に必要に駆られて習得した技能なのだが、こういった調べ物をする時に大変役に立っているのでありがたい。

自主的にやり始めた事とは言え、部屋としては広いが図書館ばりの狭っ苦しさを感じるLED電球一つの暗い書庫に何時間もいると鬱屈した気分になりそうだし、案外数冊読むだけでもかなりの神経を使い果たすものだから、正直早々に切り上げたいものなのだがこれがそうも行ってくれない。昨日の今日で急がなくても良いのかもしれないが、これも1ギルドマスターとしての義務というものだ。あーしんどい。

読み終えた分厚く古めかしい本を適当に棚に戻す。書庫なんて現代ではなかなか無用になりつつある物かもしれないが、こういった古い資料はデジタル化されていない物もまだまだ多いからな。

それに私は紙媒体の資料の方が好きだったりする。こうしてまた本を手に取り、本棚に寄り掛かりながらペラペラと本を捲る様など画になるじゃないか。

ハヤト 「何だその下らない理由は」

シルバ 「うをっとぉ!!」

いつの間にか書庫に忍び込み私のモノローグを表情だけで読み取るとは。そんな事をしてきやがる輩は今の私の周りには一人しかおるまい。

ハヤト 「よう、銀色の」

鉄面皮の中にいつもながらの挑発的な臭いを感じたので、昨日の礼にとこっちもやり返してくれる。

シルバ 「やあ、不死鳥の」

久々にこれを使ったぜ。案の定こいつの眉間の皺が深まった。

ハヤト 「人の事を火の中にダイブしてシャカリキになる派手な鳥みたいに言うな」

シャカリキて。今の若者に通じるのかぁ?

ハヤト 「後、それはマスコミが適当に付けたセンスも捻りも無い二つ名だから使うんじゃねえといつも言ってるだろ。おかげであの新人にも変な眼で見られたぞ」

シルバ 「アカネちゃんかい?あまり怖がらせないでおくれよ、繊細そうな子だから」

目下話題の最先端。

ハヤト 「……なら早めに教育してくれ。そもそもノリと勢いでメンバーを増やすからいつもあんな感じでメンタルが追い付かなくて苦労するんだ」

シルバ 「メンゴメンゴ~」

テヘペロっ★

って可愛く謝ってやったのに、何がお気に召さないのかハヤトが殴り掛かって来た。

ハヤト 「液体窒素にぶち込むぞ」

シルバ 「わぁお、イッツコキュートス!」

クソ狭く逃げ場の無い書庫で、続けて繰り出されるハヤトの容赦無い連撃を持っていた本を捌きに使って防ぎ切る。相変わらず打撃の一発一発が重てぇなあ、もやしっ子の私にはしんどいぜ。

シルバ 「で。何か話が、あるんだろうっ!?」

そう言いつつ、私からもちょいちょい手刀で反撃。お互い本棚にぶち当てないよう限られた攻撃の読み合いだ、滾る。

ハヤト 「……特務だ、ランクS」

シルバ 「このタイミングで……、恵まれてるなぁ。それで?」

戯れつつ聞く話では無くなってきた感があるが、どちらかが一撃入れるまで終わらないのが俺達の戯れのルール。殴っては捌き、捌かれては捌き。

ハヤト 「昨晩突如失踪した人物の捜索だ」

シルバ 「おや」

拍子抜けしてうっかり顔面ガードを誘われ、腹に当て身を喰らっちゃったじゃないか。

シルバ 「ぬぅ……。S級の割に、な内容だね?」

おかしい、運命では勝てる筈だったのに。どこかで何かがずれてしまったか。

こいつはこいつで勝ち誇った顔で、尻餅をついた私を見下ろして来るし。

ハヤト 「どうやら重要観察対象になっている人物らしい。下からの連絡がまだ断片的でな、俺も困っている」

……もしかして、昨日訳の分からん報告がどうこう言っていたやつか?だとしたら本当にS級なんだろうな。

この男がそんな事を言う時は、昔から本当に厄介なのだから。

ソナタ 「ほうほう、それは気になるのぅ?」

声に驚いて見れば、背後の微妙に開いたドアの向こう側に目が見えた。

戯れも不本意ながら終わった事だし、呼び込んでやるか。嗅ぎ付けられてしまった訳だしな。

シルバ 「何だか騒いでたみたいだが落ち着いたのかな?」

おかげで多少私の集中力が時折乱れたんだがね。さっきなんか思いっ切りくしゃみしちゃって貴重な資料に鼻水が付いちゃったんだぞ。後でミコトにどうにかしてもらわんと。

そんな事は露知らず、ソナタはどこか暗い空気で入って来た。

ソナタ 「両方のー。儂のハトは治らなんだが、ぽっぽ」

ぽ、ぽっぽ?

シルバ 「……まいいや。で、何が気になるって?」

ぽっぽは気にしても始まるまい。

ソナタ 「まずはアカネじゃの。あ奴……まだ何か腹の底にグツグツ煮込んどるぞえ?」

こっちもぽっぽは単なる一ネタだったのか、本来の腕組み小生意気スタイルに戻って話し始めた。

ハヤト 「何故そう思う?」

ソナタ 「お主達警察とは違った意味での人間観察の結果じゃよ、イノリも気付いとるかも知れん。何にせよ、下痢になりたくなければアカネに関しては素性を洗う事を勧めるぞよ?」

成程、この二人の直感か。それは頼もしいね。

下痢にならないよう動いておいたのは間違っていなかったわけだ。

シルバ 「で、もう一つは?」

ソナタ 「そのS級観察対象者じゃ。お主の元に連絡が来たのじゃから、ただの犯罪者ではないのじゃろぅ?」

内閣特殊技巧大臣兼国家清廉計画統括国立犯罪行動心理学研究所名誉顧問様の管理組織にいた観察対象者なら、国から太鼓判を得ているようなものだからな。

ハヤト 「犯罪者ですらないかもな。立場上、俺は人をせっつくことは出来ても探ることは出来ん。悲しい事だ」

お偉いお方が出来るのはお触りまで、掘りたくても先に掘られているものだ。権力の横暴を防ぐためとは言えやはり本人としてはもどかしかろう。

だからこそ、我々のような駒が存在している。

シルバ 「なら捜索も含めてそこの潜入捜査を特務、『オペレーション・デトネイター』としてお前に命じる。頑張れ」

ソナタ 「なんと!くぅ~、今朝方帰って来たばかりの儂にここの奴らはどいつもこいつも……」

本当、何を騒いでいたんだかな。1週間の長期オペレーション上がりの割に元気だなと思うよ、さすが青春を無駄にさせられていた20代。

ソナタ 「あー良かろう!存在の魔女の名に懸けてその特務、菓子でも片手に瑕疵無く果たしてみせようぞ!」

ノッシノッシと憤った感じに出て行こうとしていたソナタだが、微かに口端が上向きだったか。

それでもバタンッとドアを後ろ手に閉めて行ったのを俺ら二人も微笑ましく思っていたのだが、

ソナタ 「おるらぁぁぁっ、そこのへっぽコンビ、手伝えぇぇい!!!」

フタバ 「は?ちょっとーー!」

メグミ 「もーげーるぅ~~~~」

何枚か壁を挟んだ向こうからそんなミックススクリームが聞こえてきたら、ちょっとその微笑みも苦くなるもんだよねぇ。

ハヤト 「……相変わらず騒々しい奴だ」

あの感じだと、きっとシグレも誘拐されるに違いない。まあ、頑張れ、皆。

シルバ 「根暗よりはいいじゃないか」

ハヤト 「確かに。ここに来た頃は人形よりも人形らしかった奴がな」

シルバ 「だねぇ」

3年程前だったか、ソナタがソナタになったのは。

産みの親に飼われ、遊び飽きた玩具のように醜く放置されていた、飾りとしてしか存在を許されず、いない者として扱われていたあの削られ切った少女を保護したのは。

掴みやすくするために生後から切られなかった黒髪と、ロクに磨かれず部屋の腐臭と打撲痕に染まった肢体と。そして声を出す事すらまともに出来なかった、肉が全て落ちた状態で隠匿されていた少女を実際に見付けた時は逆にある種の感動すら覚えたものだが、それが今や存在の認識を操る『因果の鎖』使いとしてああまでぶっ飛んだ存在に。これまた人類の神秘として感動っちゃ感動だ。

シルバ 「……まあ、人類の力って訳でも無いのか。きっかけも、要因も」

全ては、このスキルと言う概念が前提のもの。私ら自身の力量とは言い難く、人間一人どころか人類60億を集めたところで大した事が無い事は分かっちゃいるのだが。

それでも、そこに人力が無かったと言い切るのはそれなりに癪な話である。あくまであれはきっかけであり、一時的に利用する道具でしか無いのだ。

ハヤト 「信心深い連中に聞かせたら、反乱でも起こされそうな意見だな」

シルバ 「そうするって決めた張本人が何言ってんの」

いやー、あれはなかなかに愉快な光景だったもんだ。

何せ、神相手に人間が喧嘩を売ったんだからね。

始まりと言えば始まりとなったのは今から7年前の10月末。当時若手の地方議員だったハヤトと私ら秘書&SP団総勢6名が、仕事と休暇を兼ねて出雲の山岳部にある温泉地へと車で向かっていた時の事。

いかにも落ちたらタダじゃあ済まない崖と隣り合わせの見通しの悪いカーブ中、まるでコントのように曲がり途中の死角から人が現れ、それを避けたために私達の車はガードレールを突き破り崖下まで滑落。よく分からない森林の中へと放り出されてしまった。

シルバ 「斬新な当たり屋だったよねぇ」

ハヤト 「原始的過ぎて、逆に効果的だったがな」

後の調査で当時のハヤトの対抗馬であった議員からの差し金・陰謀だったことが分かった訳だがそれは大した事じゃないから置いといて。

森に落ちた私達は滑落の衝撃で大破した車から全員放り出され(咄嗟の判断で着地の寸前にシートベルトを外したんだが)、散り散りになった上に全員瀕死の状態に。私は比較的近くで倒れていたハヤトの姿を捕らえたんだが、

シルバ 「複雑骨折してる足だと、あんなに15mの移動に時間が掛かるとは思わなかった」

ハヤト 「訓練じゃ平坦な地面だったからな、匍匐前進も。腕だけなら尚更だ」

シルバ 「あん時は気になんなかったけど、途中結構枝やら硬い草やら刺さってたんだよな」

這いずって這いずってようやく辿り着いたハヤトを抱き上げてみれば、どこかにぶつけたか墜落の衝撃で内臓が潰れ切り即死の状態だった。だらりと垂れた血まみれの頭や腕を改めて見た時は、さすがの私も血の気が引いたものだ。体内には溜まりまくっていたが。

更に見回してみれば、鬱蒼とした森で爆炎を上げ大破した車、そこかしこに倒れ伏している仲間達。そんな地獄みたいな状況、私でなくたって『俺達が何をしたっ……!』って思っちゃうだろう。

ハヤト 「で、思わず叫んだわけだ。『返せ、こいつは世界に必要な存在だ!!』とかこっ恥ずかしい事を」

シルバ 「あれ、それって言われたキミがこっ恥ずかしい台詞なんじゃないの!?」

ハヤト 「今更そんな事で恥など感じん」

くそう、この鋼の精神術士が。いや、別に私も今更なんだが。散々仲間内では話した事だしな。

ハヤト 「で、そこで奴のご降臨という訳か」

シルバ 「狙っていたようにも思わないではないんだがな」

ご降臨、という文言を添えなければならない事から察することが出来るだろう。

この絶望的な状況で私の前に現れたのが、あの『神』だった。

私が血反吐を吐きながらも腹の底からシャウトした直後、重なり合った鈴の音が天から聞こえた。幻聴かと最初は思ったんだが、見上げた先に白く淡い光に包まれた人の形をした何かが浮かんでいやがったんでね。少なくとも、その時には救いの手だと信じて疑わなかったんだよ。

狐の面と、薄くも透過性の無い羽衣を揺らがせて実体は把握出来なかったが、何にせよそいつは呆気に取られている私に向けて軽く指を鳴らした。すると私の目の前に一本の鉄の爪が現れたんだよ。いかにも嵌めてご覧なさいな、って言いたそうにな。

ああ、嵌めたさ。疑いも無くな。創作の国、日本に暮らしてればそんなエピソードには幾らでも触れる機会があったし嫌いじゃなかったからな。これもきっとその類と思って。

それが、『生命判断』との付き合いの始まりになった訳だな。

爪を嵌めた瞬間、自分の指と爪が融合するような感触を一瞬感じた後、脳を焼かれていると錯覚するくらいの激痛が私を襲った。抱えていたハヤトをほっぽり出して、地面をのたうち回って。

あれは、高次元存在が低次元存在の私に伝える為の手段だったんだと思っている。疑問や理屈を挟み込む余地無く、因果だけを遺伝子に刻み込む作業。それに伴う必要最低限の苦痛だったと。

どれだけそうしていたかは分からない、精々数分だったとは思うのだがね。何にせよその激痛から解放された時には私はその使い方を把握していた。爪を高らかに掲げ、眼前に横たわるハヤトに向けてまじないの言葉と共に振り下ろす。

そうすれば、そうしなければならないと、細胞が宿命付けていた。

シルバ 「刈り取れ、死の因果……、『生命判断』ッ!!!」

ハヤト 「今でも疑問なんだが、そのスキルを使う時の名乗りは必須なのか?」

シルバ 「あった方がそれっぽいじゃないか☆ ……と言うのもあるんだが、その契約の呪文部分含めてスキルの使用ってことだよ。黙ってたら使いたいんだか使いたくないんだか他者には分かんないだろう?力を引き出すための、世界に対しての証明なんだよ」

私達スキルホルダーはあくまでスキルという力を使うライセンスを持っているに過ぎない。それは神から借り受けたものであるからして、毎度毎度許可がいるのだ。

後ついでに言えば。スキルを使う時に自由意思で言っているのではなく、口をついてしまう、と言った方が正確だ。

ハヤト 「だが、パッシブ系の奴はどうなる?あれは常にスキルの恩恵を受けているのだろう?」

細かい奴だな、まあ当然の疑問だろうが。

シルバ 「現金払いと、カード払いの違い。って言うと分かり易いかい?」

ハヤト 「お前の例えは正確かもしれないがいつも安っぽいな」

パッシブ系の場合、宣誓は必須ではない。さすがにそれじゃあ常に喋り続けてならなきゃならなくなるから可哀想だろう。最初に契約を交わしてしまえば後は永続だ。代わりに行使を止められない上に代償がユーズ系よりも重い事が多い。

どちらでも向き不向きがあり、メリットデメリットがある。そりゃそういうもんだろう。ちなみに両方持っている奴はいない。それはこの事故(って言うか事件だよな)の際に私と同じくスキルを与えられた他の仲間にもだ。

……っと、回想に戻ろう。こうやってちょいちょい話の腰を折るのはやはり良くないな。良くないんだぞ、そこの不死鳥。

ハヤトの意識は今と違ってその場では戻らなかったが、とにかく『生命判断』で息を吹き返した事は確認出来た。だから次はこの不可思議な現象の事を洗いざらい問い詰めてやろうかとその張本人を探そうとしたんだが、その時には既にあの人影の姿は跡形も無く消え去っていた。

全てを理解したのは、どうにか生き残った俺達が覚えたてのスキルの力を駆使しつつ半日かけて自力で麓の街の病院まで辿り着き、問答無用で6人まとめて大部屋に入院させられた日の夜だった。

??? 「はぁーい、らいすとぅーみーとゆー?」

月が世界の真上を通過した頃。田舎という事もあって静まり返った病院の一室に、あの狐面の羽衣が音も無く入って来て言った。

めっちゃ軽々しい声とノリで。

全員  「???、?!?」

深夜だが一応は起きて、これからの事を全員で少しずつ真面目に(でも小声で)話し合っていた時に不意打ちだったもんで、対処が大分遅れてしまった事は非常に悔しかったもんだ。

??? 「……おやおや~?重傷を負ったキミ達へのウィットに富んだ挨拶ジョークだったと言うのに、リアクションが薄っすいぃなぁ。神様、悲しいっ」

狐面のせいで全く表情は窺えない……と言うか顔があるかどうかも定かでは無かったんだがともかく、この泣き真似をしている、あの時私達を助けた存在が(自称)神様だという事をそこで知った。

ついでに、『らいすとぅーみーとゆー』と言うのはそいつ曰く、『会って早々だけどお前をご飯のお供の肉にしてやろうか?』という意味の『Nice to meet you』に掛けた縁起でもない別れの創作挨拶だったらしい。病院で初対面に使われたらそりゃあ空笑いの一つでも出そうなブラックジョークだ。何故言った。

そこから自称・神様は、言う程私らの心境を気にすること無くお気楽にあの時の状況を説明し始めてくれた。

たまたま出雲大社へ行く途中私らの事故現場を通りがかっていた、実はあの時他にも無数の神がいたが誰一柱として見向きもしていなかった、私が叫んだのを聞いて気紛れで助かるための手段を投じてみた、今は大社で多少呑み食いして来た帰り際。とかそんな感じの。最後のはイラっとしたがまあそれは置いといて。

だがそこで仲間の一人が尋ねた、そんな回りくどい事をして直接助けなかったのは何故かと。その時答えた神様のお言葉が、恐らくハヤトの何かを刺激したのだろう。

自称神 「ん~、実験?観察?……あ、試練!そうそう、試練だよぉ~。いやぁ~神様っぽいっ!」

シルバ 「ぽいて……」

ぽい神 「いやいや。本当に、吾輩は神なんだけどねっ?名前はまだ無い」

確実に日本の神らしい。八百万。

そんなボケに付き合わないのが我らが上司、ハヤトさん。

ハヤト 「つまり、貴様は俺達がフラスコの中の蟻だと言いたい訳か」

無銘神 「お元気そうで何より。皆きちんと使ってくれたようで感心したよ~。いやいや、人間の友情と言うのはちゃんとしたものを見ると心躍るよねぇ、酒が美味いのなんのって」

ハヤト 「……これが初めてではないようだな」

無銘神 「まぁねっ。壊し壊れなかったのはこれが初めてナリ」

確実に性格は良くない神らしい。大丈夫か。

さすがにその発言の裏に見える光景が分からない訳が無い私達の視線を感じてか、

無銘神 「勘違いイクナイイクナイ。神様、キミ達を褒め称えに来たのん。痛みに耐えてよく頑張った、感動した、ありがとうっ!」

わーい、って具合に感動を表現してくれていたんだが、その表現の薄っぺらい事。まずそのちゃらんぽらんな高い声からして良くなかったよなぁ。

無銘神 「だ、か、ら。今度はきちーんと治してあげよってね。良いもの見せてくれたお礼、みたいな感じ?まいったねー、こんな粋な神様は神様業界にもそういないと思うんよ」

ハヤト 「何?」

無銘神 「キミはさあ、回帰したから良いだろうけど。周りの子達はまだ負傷中っしょ?人間程度だったら神様に掛かれば指先一つ、吐息一つでフルチューン。これでみーんな、ハッピーね★そいじゃ……」

って、神が指を鳴らそうとした時だった。

ハヤト 「フンッ!!」

まさかのハヤトが、神の狐面へと瞬足の飛び蹴りをぶっ放しやがったんだよな。

その飛び蹴り自体は神の身体が煙みたいにブワッと霧散して当たらなかったんだが、私らも含めすぐにまた現れた神は、ちょっと黙っちゃったよねぇ……。だって、文字通り神に喧嘩売った男が次に何を言うかドキドキだったもの。

蹴りを外されたハヤトはゆっくり立ち上がったが、しばらくこちらを振り返らず何かを決意するような背中を見せていた。それなりの付き合いだった私らでもこの時何を考えているかは図り兼ねたもんだったから、

無銘神 「……何なのかな、これは?」

そう、僅かにねっとりと聞くのも無理はなかったってもんでしょうよ。けど、

ハヤト 「…………お前達。覚悟しておけよ」

背中越しに発せられたこの言葉を聞いた瞬間に、私らの方はこれからの事が何となく分かっちゃったんだけどね。

振り向いたハヤトの、いつもと変わらない鉄面皮の瞳に宿る煌々とした念を見た時には、それが更に固く重く壮大なものになりつつあると確信出来ちゃったくらいで。

ハヤト 「神。貴様はこれ以上手を出すな」

無銘神 「ん~?」

ハヤト 「貴様の興味、全てこの俺が買ってやる」

売り買いが激しかったな~、見えない物の。

無銘神 「メンゴなんだけど、この神様にも分かるように口にしてくれないかなぁ?」

ハヤト 「まずその作り笑いと一人称を止めてもらおうか」

え、作り笑いしてたの?狐面の下で!?って思ったよな、私ら全員。

でもそれで本当に神の飄々とした雰囲気が一気に静まったから驚きだ。さすがは現役の国会議員、社交辞令やおべっかを見破るのは慣れた物か。

無銘神 「……それでぇ?」

空気は強張ってもちょっと鼻に付く口調なのは地らしい。もうそれはいいや。

ハヤト 「神、俺の目的のために手を、いや力を貸せ」

無銘神 「ほう。でもキミ達を治すなと?それまた何故」

ハヤト 「この怪我は俺達人間同士の争いによるものだ、本来神の力など借りて治すべきではない。俺自身の事はテストケースだとでも思っておけ」

無銘神 「ふ~ん。で、キミの目的ってのは何なのさ?」

ハヤト 「……世界を、人類を変える。全ての人類が自力で立っていられるような世界を作る。それが俺の目的だ」

爆笑するかと思いきや、神様は寛大にも黙って聞いていた。個人的には意外だったなぁ。

ハヤト 「そしてその足掛かりとして、この日本から悪人を消す。そのために貴様の力を使わせてもらう」

超絶勝手に世界規模な行動指針を立てられて私ら内心ざわざわだったぜ。舐められないように黙ってたけどさ。

無銘神 「……ん?おいおいおい、目的が最終過ぎる上に手段が矛盾しているじゃないか。人類が自立するために神の力を行使するのかい?」

ハヤト 「そうだ、使える物は神だろうが超能力だろうが使わせてもらう。だがあくまで直接的な物では無く進化を促すものだけに限定する、矯正ではなく更生させる為にな」

基本的に攻撃系のスキルが生まれないようになったのはこれが原因だった。

本来人間の怪我が自然治癒力で治せるように、人類の悪性を人類自身で直せることを前提として、神の力はあくまでそれを促進するためのツール。屁理屈かもしれないが、それであくまでも人類が人類の手で変わったと言い張る気の我らがリーダーさんだった。

ハヤト 「俺にこんな物を見せた事が運の尽きだと思え、神」

神相手にも無駄に挑発的な態度のハヤトだったが、こういう人間だったからこそ私らも今まで付き合って来ていたんだよね。本気で世界を変える気がありありとしていながら、人類の可能性と闇を双方認識しているから、それが心から面白くて。

無銘神 「は~ん……。ま~言わんとしていることは分かったけども、しかしぃ、仮にも神相手に随分と都合の良いお願いじゃあないか。そんな面倒で勝手なお願いをわざわざ聞いてあげる程この業界も相場が安くはなくてだねぇ~」

相場って何やねん。

だがしかし、この神の言う事も至極最もであったのは事実で。

ハヤト 「神よ。力を貸せとは言ったが、これは俺と貴様の賭けだ」

無銘神 「賭けぇ?」

ハヤト 「俺達の選ぶ道が、人類と世界を変えるか否か。貴様の与える力を行使するのに代償が必要だと言うなら全て支払おう、体でも命でも持って行け。ただし、貴様から俺達の道に手を出す事は許さん。その代わり、貴様は好きなだけ人類を観察するが良い。それに貴様の力を行使していた我々が見事目的を果たせば、貴様は人類と一つの世界を昇華させた神として名を馳せられよう」

こん時のハヤトさん、勝負師の顔しとったで~。自分の溜めた手札を一気に全開にしていくカードゲーマーみたいだった。

ハヤト 「俺達がこの賭けに負けた時は、全人類を好きに滅ぼせばいい」

仲間達 「はあぁ!?」

けど、さすがにこの切り札公開には全員が前のめりになったけどね。

ハヤト 「当然だ。俺達は人類のためとは言え、自らのエゴのために神の力と言うイレギュラーを用いるんだぞ。その代償に全人類を人質にする程度の覚悟が無くてどうする」

勝手に全人類を人質にするのは流石にいかがなもんかと思いましたけどね~。でもこの後ほんっきで国会に意見通しちゃったんだから恐れ入るよ。

と言うよりも、私達にまずその覚悟を持つだけの時間をくれても良かったんだけどね?

ハヤト 「どうだ、神。貴様が失うのはせいぜい数世紀に一つの観察の機会くらいだ。対して我々下等で愚かな我々人類は、それこそ全てを対価にしてやる。この賭け、まさか神のくせに降りるとは言うまいな?」

完全に啖呵を切った。神に対して堂々と。

今まで生きて来てこうまで見事な仁王立ちをして神と取引を持ち掛けた人類を、私は映像の中でしか知らない。

そして、そんな真正面から喧嘩を二度も売られた神様の方は、まだ何か顎ら辺に手を当てて考える振りをしていた。

無銘神 「……。一つ確認するのだけれど、キミはその賭けを、いつまで挑むつもりなのかな?」

当たり前に考えて、私らの寿命はせいぜい百年程度。それまでに全人類の更生なんぞ、スキルの力を使ったって出来る可能性は低い。それこそ、自分で定めたルールを違反する事になりかねない。

だが、それに対するハヤトの答えは明朗だった。

ハヤト 「あくまでこの日本と言う国を舞台にした賭けであるなら、1000年だ。悪に罪を刻み、善に偽善を罪深せ、全ての民が手を繋ぐにはそれでも足りないかもしれない。だが、俺は人類がそこまで愚かではないと信じている。そして、この国の民は痛みを優しさに変える力を持っている事もな」

無銘神 「1000年……。キミ達はその間たった6人、人の形と理を歪めてまで世界を見守るつもりなのかい?」

ハヤト 「いいや。道具としての力以外で人の枠を超えるつもりは無い。俺達自身が出来るのは、精々陰で世界の苗床になるところまでだろう。だが我々の意志を継ぎ、自浄作用のパンデミックを起こした者達が必ず成就する。貴様にとっては1000年など大した時間ではないだろう、神仲間と茶でも啜りながら人類の足掻きの経過を愉しんでおけ」

狐面同士がちゃぶ台を囲んで茶を啜る光景を思い浮かべたらかなりシュールで噴き出しそうだったけどね。

同じ事を思ったのかどうかは知らないが、ようやく神様はそこで狐面をカタカタ鳴らして爆笑し始めた。

無銘神 「ぶっひゃひゃひゃひゃ!ええねぇえ~ねぇ。確かに、今までみたいにつまみ食いみたいな実験を繰り返すよりは楽しめそうではありそうだわなぁ。おっけーおっけー、その賭け、乗ってあげようじゃないの。キミ達のその志が一体いつまでどこまでもつ物か……じっくりたっぷり、見届けさせてもらうかんね~」

この神の、腹黒さが滲み見えた気がした。

無銘神 「まぁ精々頑張りや~、人間……?」

シルバ 「……。あそこで、マアカが帰ろうとしてる神を慌てて止めなきゃ、今みたいな状況には持って来れなかっただろうねぇ。決め事がざっくり過ぎて」

ハヤト 「さすがにそろそろ誰かが口を挟むだろうとは思っていたさ」

シルバ 「りありぃ?」

ノリと勢いで始めちゃった賭けだったから、細かいレギュレーションを定める必要が当然あった訳で。人類の命運を賭けてるんだから生半可なルールにするわけにもいかんと、そりゃあもうマアカは大慌てだったとも。

そこでマアカ必死の説得により、憑依無しでの実体化が長時間は厳しいと言う神に私らの退院日に正式なレギュレーションの確認に来るよう約束を取り付け、今のギルドと言う組織なりスキルの使用規定なり国会への報告の仕方や運用の仕方まで、綿密過ぎる計画を死ぬ気で会議しまくってどうにか今の形の基盤が出来上がったんだよなぁ。

シルバ 「それに、自分の立場をまさかお忘れになっていらっしゃったとはねぇ。若手有力地方議員様?」

ハヤト 「あの状況では、俺も単なる一人間に過ぎないと嫌と言う程思い知らされていたからな。自身の利用価値など思いもしなかっただけだ」

シルバ 「……アオイちゃん呼ぼうかぁ?」

ハヤト 「やめろバカ」

ハヤトが私らの中で唯一スキルを有さず表の世界で生きて行く事を決断したのは、この時の助言が決定打だった。そうしなきゃ、有力議員が事故で謎の失踪を遂げて大スキャンダルだっただろう。そうでなくとも結局大スキャンダルにはなったが。

ちなみに、マアカやアオイというのは当時ハヤトの秘書を務めていた女性陣だ。冷静と情熱と狂気を二人で器用に使い分ける交渉術の使い手で、敵に回すと超怖い。私は一度もこの二人とサシの勝負でババ抜きに勝てた試しが無いからね。

ハヤト 「……7年か。まだ過去を懐かしむには短すぎるな」

あれ、今まさに懐かしんでいた気がしましたが全否定ですかね!?いやそりゃ言葉の何たらってもんでしょうですけど。

シルバ 「文字通り、寝ずに駆け抜けてきたようなもんだからねぇ。全部を思い出すには味が濃すぎますわ」

ハヤト 「まだ何を為した訳でも無いがな」

シルバ 「嫌味な程に謙虚ですなぁ」

あれこれやりまくったのだ、冗談抜きに。ただの地方議員が特殊とは言え大臣になる事がどれほどの事か考えて頂ければ、その過密さは分かっていただけるかと。

ギルドだって、最初から全てが順調だったわけではないしね。これだってまだまだ発展途上ですら無いのだから。

ハヤト 「……長居し過ぎたか。じゃあ俺は仕事に戻る。どうも全身の毛が逆立つ予感しかしない」

おお、私も作業の手が止まってしまっていたな。ってかこいつ何しに来たんだ?

シルバ 「胃薬と育毛剤が必要なら大量に送りつけてやるぞ?」

ハヤト 「その辺は色々精根枯れ果てたお偉方にくれてやれ。じゃあ、頼んだぞ」

そう言って出て行こうとしたが、

ハヤト 「新人の教育は、最後までしっかりとな」

最後にそう付け加えて行きやがった。壁の向こうから遠ざかって行く足音も軽快そのもの、ちょっとでも機嫌が良くなったのならそれはそれで良い事なのではあるが。

シルバ 「そう都合良く行くものやら、だ」

そうなるために、こうして手間暇かけようとしている訳なのだが。

自分の責任は、せめて自分で取らねばなるまい。

シルバ 「……さて。私の手の伸ばした先は、闇の沼か光の泉か……。腹を括るのは、私の方かもしれないな」

そうして次に適当に取った資料の表題は、『1765年 グランスレイブ沼 電光石火猟奇殺人事件』という意味不明な物だった。

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